男の「死の美学」を撃て② -映画『レスラー』感想中編

(①からの続き)

以下、2回目の視聴(2016年)で気づいたことや感じたことを、3点に分けて言葉にしていく。

 

1点目。パムはやはり、打算だけではなかった。一線は越えられない、と言っていたが、ダンスの途中で気づき、ランディのもとに向かうパム。そこで、店から芸名・キャシディではなく、本名・パムと呼ばれ、パム自身も自分の本名の「パム」を自分で呟き、復唱する。客とは一線を越えられないと繰り返し言っていたパムが、本名の、店側の者ではない、ひとりの人間として、ランディと人生を歩もうと決めた瞬間に思えた。しかし、そのパムも、ファイトが始まった時点でランディに愛想をつかし、会場を立ち去ったように見えた。なぜか。ランディの試合前の演説では、パムもランディを理解しようとする眼差しを向けているように見えたのに。

 

2点目。ランディの最後は、単純な「自殺」ではなかった。客を巻き込み、客に自分を殺させる、巧妙な自分への殺人≒「自殺」だった。ランディは、「俺には誰もいない」とパムに言う。パムは「私がいる」とランディに応答する。幸せそうな表情を見せるランディ。そこで、リングインの呼び出しが入る。一瞬の間の後、ランディはパムに言う。「あそこが俺の居場所だ」と。その後、リング上で観客にランディはこう呼びかける。「俺を止めることができるのは、ファンだけだ」と。試合が進む。壮絶で迫力のあるファイト。終盤、ランディは心臓の異常に見舞われる。足がもつれて倒れる。対戦相手のアヤットラーも、審判も、ランディの異常に気づき、大丈夫かと声をかけ、試合を終わらそうとする。何度も、何度も。しかし、ランディは試合を続行する。最後のラム・ジャムの寸前。客の熱狂は止まらない。ランディを止める客は、ひとりもいない。ラム・ジャムラム・ジャムと、連呼する観客たち。客は、ランディに、死ね、死ね、と言っている。そう言わせたのは、ランディだ。ランディが、自分で招いた事態。「ツケは、自分で払わなければならない」。ランディは、自分が死ぬために、客の熱狂を煽り、自分に死のダイブをさせるよう仕向けたのだ。トップロープに登る直前、入場前の待合の幕間、パムがいたところを、ランディは見やる。そして、パムがいないことを確認したランディの顔は、泣き出しそうに、僕には見えた。「俺を止められるヤツは、ファンしかいない」。しかしランディは、一縷の望みをかけて、パムがあそこにいることを願い、目を向けたのかもしれない。もしあそこにパムがいたら、ランディはラム・ジャムを止め、穏やかにピンフォールで試合を終えていたのか。それとも、もう少し穏やかな顔をトップロープで見せた後に、その穏やかな心境のままでラム・ジャムを敢行できたのか。僕には、あのラム・ジャムのときのランディの顔も、泣き出しそうな弱々しい顔に見えた。死にたくないが死ぬしかない、徹底的に絶望し、勇気なんかかけらもないのに、なけなしの勇気を振り絞って「自殺」する、哀しく弱々しい、泣き虫の少年の顔に。

 

3点目。ラストシーンでパムと会う直前、ランディは何度か胸の辺りを撫でるようにし、「ジーザス」と小さく呟く。そのとき、眼からは一筋の涙が流れる。胸の前で十字を切った後に、ランディは肘打ちの素振りを行う。いつもの試合前の肩慣らしの動き。恐らく、試合前に行える最後の素振り。ランディは、死への恐怖を強く感じていた。それでも自分は死ぬしかないと、追い詰められた心境になったからこそ、彼は客に自らを殺させるよう、客を煽ったのではなかったか。

 

この映画に描かれているのは、男の悲劇だ。僕らは観客になってはならない。ランディにもなってはならない。何がランディを追い詰め、何が観客たちを殺人者にしたのか。その何かを見定め、分析し、撃ち抜かなければ。

 

 

…以上は、2016年にこの映画を二回見たときの、僕の感想である。

2020年1月、ツイッターで映画『レスラー』を評したツイートが流れてきて、それを面白く読み、僕もブログの下書きを残していたことを思い出した。この機会に、記事として公開しておくことにした。

いつか3度目の視聴をして、この映画の物語を支配していた、男の「死の美学」を撃ちたいと思う。弱々しく震えている、泣き虫のランディと僕たちは、確かにあそこにいたし、いまもここにいる。殺されたくないし、殺したくもない。そんな僕らの新たな物語へ。そこに向かって、言葉を紡ぎたいと思う。

男の「死の美学」を撃て① -映画『レスラー』感想前編

映画『レスラー』を見た。考えたいことがあった。あらすじ等は、下記のウィキペディアを参照してほしい。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/レスラー_(映画)

 

以下、1回目の視聴(2016年)で感じたことを、書きながら考えていきたい。

 

僕が最も書きながら考えたいと思うのは、ラストシーンだ。

ストリッパーであり、シングルマザーの女性、パム(芸名はキャシディ)。彼女は、この映画の主人公であるレスラー・ランディの、最後の試合がはじまる直前で、ランディの前に現れて、ランディへ、人生を共にしたい、と告げる。パムに関しては、その前に気になるシーンがある。

 

それは、パムの息子が、ランディを模したレスラーフィギュアで夢中になって遊んでいるシーンだ。あのフィギュアを、息子へのプレゼントとしてランディからもらったときのパムの様子は、鼻で笑っていたようにも見えた。こんな人形に、息子が喜ぶはずない、と。しかしパムの予想は外れ、息子はランディのレスラーフィギュアに夢中になった。息子のその姿を見て、パムはランディの元へ謝りに行く。

 

パムには、ランディへの恋心があっただけでなく、したたかな計算もあったのではないか。パムは、もう年齢を重ね、ストリッパーとしては確実に下り坂に入っていて、仕事を続けられる猶予も残り少ない。これまでは息子をシッターに預けて子育てしてきたが、今後は稼ぎにも陰りが出てくる。これまでは父親がいないまま息子を育ててきたが、今後は息子が慕っているレスラーを父親に迎えて(きっと息子も喜ぶだろう)、三人で家族をやっていく方が、きっとうまく生活が回るのではないか…。

 

(この一連のシーンを、パムの打算として解釈することは、野暮だと非難されるかもしれない。パムの息子がランディの人形で遊んでいるところを見て、パムはランディのことを思い出した、ないしはランディのレスラーとしての偉大さに改めて気づいた、というように、男のロマン的・感傷的に解釈することも可能だ。でも僕には、パムが最後は会場を去ったことが気になる。パムは、確かにランディに惹かれていたが、同時にパムは、息子への責任も決して手放さない、そんな女性だったのではないか。ランディが娘を想いたくても、ついつい忘れてしまうのとは対照的な、そんな人物だったのではないか…)

 

しかし、ランディはすでに、絶望的な気持ちを抱き、「自殺」を決意していた。リングに上がることを止めようとするパムの提案を退け、「ファンが待っている」と言いながら、ランディはリングに上がる。パムは、ランディが対戦相手と闘い始めた様子を見て、顔をしかめ、会場から立ち去っていく。

 

ラストシーン、ランディは「最後のラム・ジャム=死へのダイブ」の直前、幕間の方を見やる。そしてそこに、パムの姿がないことを確認して、自嘲的に哀しく笑う。そのままランディは、震えながら「自殺」していく…。

 

僕は、この映画のこの部分を、書きながら考えないではいられない。

 

ランディが「自殺」へと至る、その絶望の過程が、この映画ではしっかりと描かれている。特に、娘と信頼回復していくかもしれない希望が覗いた後、ランディがコカインセックスに耽って娘との約束をすっぽかし、娘から完璧な絶縁を言い渡されるシーン。もうあれでランディは、全てが終わった、と思ったのだ。見る人によっては、ランディのことを自業自得の愚かな男のようにしか思えない人もいるだろう。でも僕は、ああなってしまうランディのことを、全否定する気には、どうしてもなれない。それまで長年してきた生活のツケ、依存的に快楽を求めてしまう惰性。それに抗うことなど、一朝一夕にできるはずがない。もちろん、ランディのあの行動は酷い。娘には責められても仕方がない。しかし、失敗を、スリップを繰り返しながら、ランディが生きていく道はあって良いはずだ。娘との生活はダメになったとしても、家族以外の人や、新たな家族となる人と、失敗の繰り返しに付き合ってもらいながら、一緒に生きる道があって良いはずだ。

 

ランディは最後の試合の直前、ひとり涙を流していた。死ぬのが嫌なのだと思った。怖いし、寂しいし、哀しいのだろうと思った。でもランディの絶望の気持ちは、今後生きていくことの方がさらに、より苦しいと思わせてしまったのだろう。

 

この映画のネット上の批評文を、幾つか読んだ。そのほとんどを、男が書いている、と思った。熱い男の生き様、とか書いてる批評文に、激しい怒りを感じた。そのようなアングルで、この物語を閉じて良いのか? ランディの哀しみに寄り添おうとするなら、むしろランディの絶望にこそ踏み込み、その先を考えないではいられない。男が、少年のように夢やロマンへ憧れる気持ち。その気持ちが、最終的にあんな悲劇を生むのならば、それを賛美できるはずはない。ランディの苦しみを、本気で汲み取る気はあるのか? あの物語を賞賛する男は、ランディの「自殺」を幇助した観客たちと同じだと思う。

 

再び、パムについて。ランディのラストファイトを見て、パムは、ランディを見限ったのだと思う。観客に煽られる快感に依存してしまった、あの男には、マトモな生活を共に送ることが、できるはずもない、と。ランディが幕間を見て自嘲気味に笑ったのは、そのようにパムから棄てられたことを知り、またそれが予想外でもなんでもなく、予想通りだと思ったからではないか。もう、ランディは自分に期待もできなくなっていたし、他人から棄てられても当然だと、そう思っていたのではないか。

 

ラストの試合で、興奮した観客の歓声が聴こえる。僕にはそれが酷く空虚で、刹那的で、薄っぺらな熱狂の声に聴こえた。一方でランディたちのファイトは、その逆だった。魂が込められていた。その魂が、薄っぺらに消費されていく。哀しい。あまりにも哀しい。日々の生活の労苦は、一見熱狂的ではない。でも、ランディはその魂を、日々の生活の労苦との闘いへと、ぶつければ良かった。過去の栄光の影に抗うための闘い、日常の惨めさとの闘いへと。

 

ランディのように、投げ遣り、捨て鉢になってしまい、夢やロマンに逃げる男たちは、きっと数多くいる。この映画は、そんな男たちの心の琴線に触れるような、非情とも言えるリアルさがあると思った。僕は、ランディの哀しみに共感するが、この生き様を美しいとか、カッコ良いとか潔いとか、素晴らしいとは言いたくない。ズタボロになり、自分のプライドもメチャクチャになり、それでも地を這いながら生きていく、そういう生き方にこそ、美しさを見出したい。そう思った。ランディのように生きてしまう男はいる。それを哀れだとも言いたくない。ランディのように生きてしまう男の哀しみに寄り添い、しかしランディのように「自殺」的に闘うのではなく。ランディが飲み込まれた自殺衝動に抗うように闘う男を讃えたい。僕は、ランディほどの絶望を生きていない。その意味で、僕の言葉はどこまでもいい加減だ。知りもしないのに、簡単に言うな、と言われそうだ。だけど僕は、なんと言われようと、自殺衝動に抗う男たちと共に生きたい。生きる道を探したい。

 

(②へ続く)

狂気の自助へ③ -映画『サウルの息子』感想後編

(②からの続き)

 

サウルはやはり、狂っていた。

でも、当たり前だ。人が、同朋が、目の前でゴミのように「処理」される。あまりにも無残に、そこにある感情も人格も無視されて、殺され消されていく。

しかも、その「処理」の手伝いを、サウルはさせられている。そして、自分もこの先、同じ様に確実に殺され、「処理」されるのだ。狂って当然である。

 

大澤信亮さんは、大人が子どもを見たときに、大人の心の中にユーモアと生きる勇気が湧いてくる理由を、確かこう述べていた。

「こんなに弱い生き物のくせに、まるで生きようとすることを疑わない、生きていることの真剣さが、生の否定に傾きがちな大人たちの疲れた心を、強く蹴るからではないだろうか。まだいける、と」。

(大澤信亮「出日本記」『新世紀神曲』新潮社、2013年、p.98)

 

サウルの場合は、最初に見たのは「かろうじて生き残っていた子ども」だった。その後、その子が殺されて以降にサウルが見たのは、自分で自分を助けようとして作り出された、空想上の「息子」だ。

すでに死んでしまった子どもの遺体に、狂気の中で幻想の「息子」を見ること。それはきっと、極限状態がなせる業だったのだろう。状況はあまりにも絶望的。現実は、とても見れたものではない。狂気によって、自分が現実とつながっている、そのこと自体に眼を背けなければならなくなったのだろう。

 

ここで、サウルがある女性と遭遇する、例のシーンについても触れておく。

サウルが、収容所内で女性と出会うシーンがある。あの女性とサウルは、かつて非常に人間的で、暖かい関係性があったのだろう。あの女性の、そしてサウルの、燃えるような眼差し。女性は、サウルの手を求めるように握ろうとする。そして、最後に女性が呼びかける、「サウル」という言葉。そのときの声の、切れば血が出るような音色、残響。

しかしサウルは、その女性の接触や声に、結局は応えなかった。

その女性と見つめ合っていたとき、サウルの表情は一瞬色づいたように見えたが、しかしそれはすぐに閉じてしまった。女性が握ろうとした手も振り解き、女性の声にも応答しようとしなかった。

きっと、サウルは現実にとことん絶望していたんだろう(そしてその直観は、「事実」として正しかった)。

現実にいる女性との一瞬のつながり、それが喚起するかもしれない現実感を、拒絶したかった。自分と現実がつながっている、その感覚自体が耐え難くなる。あの極限状態とは、きっと、そういうものだったのだろう。

 

サウルの息子』の作り手が、物語を描いて伝えたかったのは、「あまりにも苦しい世界に置かれているときに、自分自身を助けようとすること」だった。僕は、そう思う。

サウルは狂っていたが、しかし、狂うことが助けとなることは、確実にある。

強制収容所内の生活という極限状態に置かれたとき、それでも正気であろうとするならば、言い換えると、それでも理性的で人間的な行動を取ろうとするならば、おそらく以下のような行動を取ることになるだろう。

理不尽な支配に対する抵抗・反乱の運動に加わること。暴力に対して闘うこと。置かれている状況の中で、せめて何とか自分や仲間の命が奪われないように行動すること。

でも、強制収容所であった「事実」は、あまりにも悲惨だった。それらの、理性的で人間的で利他的な言動は、どれもが無為に終わったのだ。それが強制収容所であった「事実」。

その「事実」を描き、そんな渦中に置かれた人たちの境遇をできる限り想像し、その人たちの心境の深層に少しでも迫りたい。もう決して救うことができない、あの人たちへ。『サウルの息子』という物語は、そうして産まれたもののように思えた。

 

 

さらに考えたい。サウルの「狂気の自助」は、映画の中の物語で次第に生成変化していったものではないか。

サウルは、埋葬失敗前までは、正気と狂気の分裂状態にいた。それが埋葬失敗後、あのラストシーンにおいては、サウルの内的世界が狂気の領域の方へと、さらなる生成変化を遂げたのではないか。

 

埋葬失敗前の、正気と狂気の狭間にいる状況については、②の記事ですでに述べた通りである。反乱の動きに加わりつつも(正気)、「息子」埋葬にも駆り立てられ、止まれない(狂気)。サウルの中には正気も残っていて、正気と狂気の分裂状態に、サウルは置かれていた。

それが埋葬失敗後、あのラストシーンでは、サウルは「息子」を作り出して微笑むことで、結果的に自分も仲間も殺されてしまう。正気の領域は消え去り、狂気の彼岸へと行ってしまった。そんなふうに、僕には見えた。

 

生成変化のプロセスは、サウルが遺体の子どもを見るときの表情の変化にも表れているように思える。

最初に遺体の子どもを見たときのサウルは、表情を動かす描写がほとんどない。微かな予兆を見て取れなくもないが、すぐにカットが変わり、遺体の子どもを見ているサウルの背中を映す描写へと切り替わってしまって、表情が見えなくなる。

物語中盤で、サウルが遺体の子どもを見るときは、サウルの表情をカメラがある程度長く捉えている。そのときは、微かにサウルの頰が緩んでいるように見える。

そしてラストシーンの、金髪・白人の子どもを見たときは、誰の眼にも明らかなぐらい、サウルはハッキリと微笑みを浮かべていた。

このサウルの表情・微笑みが、サウルの狂気の度合いを表していたのではないだろうか。微笑みが深まるほど、狂気も深まっていた。そう見るべきではないか。

 

 

そして最後は、以下のような解釈の言葉を置いてみたい。

 

ラストシーン、サウルは金髪の男の子を見て、狂気によって「 あのとき埋葬しようとしていた息子は、実は生きていたんだ」と思えて、それでサウルは微笑みを浮かべた。そう解釈することもできる。

しかしこの想像力は、メロドラマ的である。サウルは死ぬ直前、希望を感じていたのだ、と。「自分は死んでも、息子は生きている、ああ、良かった」、と。サウルは最後に、そのような希望を感じて死ぬことができたのだ、と…。

 

もしくは、こう解釈することも可能だ。サウルは狂気の中にいるのだから、その心境は正気の僕たちに想像できるものではない。ただ少なくとも、サウルの微笑みはあの金髪の男の子を救ったのだ。あそこでサウルが声を上げていれば、あの金髪の男の子はナチス親衛隊の銃撃やユダヤ人たちの逃走劇へと巻き込まれることになったのかもしれない。

しかしこのような想像力は、今度は非常にヒロイックなものである。サウルの微笑みは、結果的にあの無垢な男の子を救うことになったのだ、と…。

 

涙腺を刺激する、もしくはサウルを英雄視する、上記のようなカタルシスを伴う解釈を、突き放していく想像力もあり得る。それは、(生者の側からは、こうとしか捉えられないような、)ただの無意味で無名の「狂気の自助」として、あのサウルの微笑みを想像してみることだ。

僕らのような外側の立場からは、無意味で無名の狂気としか把握できないが、しかし内側からは、言い換えると強制収容所で過ごし結局は「死」に至ったサウルの側からは、そのときその瞬間、自分を助けようとして自然に浮かんできた微笑みだったのだ、と。少なくともサウル自身にとっては、そんなものでしかなかった、と。それだけは言えるし、それだけしか言えない、そんな微笑みだったのだと、そう想像することもあり得るのではないか。

しかしこれでもなお、あの「事実」と真に向き合おうとするならば、倫理的に許される一線を踏み越えた想像になってしまっているのかもしれない。

 

あの「事実」に向き合いながら、その渦中の「死」と「狂気」に接近しようとするとき、必要な想像力とは、いったいどのようなものなのか…。

…とりあえず僕は、ここまでの想像と解釈の言葉を、統合しないままに置いておくことにする。統合困難な解釈は、当然さらに開かれているだろう。この映画を見た人たちによる、上記以外の想像力による解釈も、僕はぜひ聞いてみたり読んでみたりしてみたいと思う。

ブログ記事として書きながら考えるという手法では、僕自身が独我論的に複数の解釈を想像することしかできない。現時点では、これが僕の限界だ。あとは、他の人の声を聴いたり、その文章を読んで、さらに開いていければ、と思う。

 

 

 

狂気の自助へ。この物語も僕の上記の解釈も、ファンタジーに過ぎない。この映画は、エンターテイメント≒消費することを拒絶して、しかしそれでも物語を創作することによって、「事実」に迫ろうとした。

この映画の物語を読み解こうとして書かれた、僕のここまでの文章は、「事実」へ肉迫する力動を持ち得ているだろうか。

暴力は、僕らの身近にある。それは人を、狂気の自助へと駆り立てるのかもしれない。狂気の自助を統合困難な形で治療/支援/批評する装置を、僕らの周囲に作り出すこと。僕ら自身で、共に。そんなバトンを、この映画の物語から受け取りたい。

狂気の自助へ② -映画『サウルの息子』感想中編

(①からの続き)

 

映画『サウルの息子』の物語の、もうひとつの導きの糸。サウルの「息子」埋葬をめぐる格闘の行く先へも、視線を移していきたい。

 

主人公のサウルは、ある男の子の顔を見て、その少年が自分の「息子」であると確信する。その少年は物語の冒頭、ガス室で瀕死ながらも生き残っていたが、その後あっさりとナチス将校にとどめを刺され、殺されてしまった男の子だ。

 

サウルは、その「息子」の遺体を隠す。そして、ユダヤ教の聖職者である「ラビ」を探して、多数の収容者の中から見つけ出し、そのラビが殺されないように匿う。ラビに立ち会ってもらい、埋葬のための宗教上の手続きを踏もうとする。大混乱の中で、なんとか地面に埋葬用の穴を掘ろうとする。このようにして、サウルはひとりで「息子」を埋葬しようと悪戦苦闘するのだった。

いずれも、異常な行動だ。サウル(…に限らず収容者の全員)は、常にナチス親衛隊の監視下にある。「息子」埋葬のための上記の行動は、どれも常にリスクがあった。発覚すれば、確実に殺されるリスクが。

当たり前だが、「息子」を埋葬できたところで、サウル自身が「死」から逃れられるわけではない。しかしサウルは自らの、そして他の同朋・仲間たちの危険さえも、基本的に顧みることはなかった。そうしてただひたすらに、「息子」を埋葬しようとした。

(ただ、サウルの行動には、微妙な揺れもあった。「息子」埋葬がサウルの至上目的だったのは間違いないが、請われて反乱の手助けにも手を貸したりしていた。仲間たちが同胞ユダヤ人の解放を夢見て、反乱を企てる動きに、サウルも協力していたのだ。しかし、サウルは反乱のための準備行動の最中も、常に「息子」埋葬に気を取られ、そちらの方へと引っ張られてしまう。結果的にサウルの行おうとした準備行動(火薬の運搬)は、失敗して無為に終わってしまう。サウルの行動は、極めて中途半端だった。きっとサウルは、反乱を企てる仲間たちから、以下のように見えただろう。狂ってしまい、役に立たない男。気もそぞろで、漂うようにしか行動できない、正気が疑われる男…)

 

しかも、サウルがそうまでして追い求めてきた「息子」埋葬という至上目的も、結局は失敗に終わってしまう。

反乱に伴う大混乱の中、収容所を脱出して川を泳いで逃げる最中に、サウルは力尽きて、それまで必至に守り抱えてきた「息子」の遺体を手放してしまう。そのまま遺体は、川に流されてしまうのだ。

その後のサウルは、魂が抜けたように逃走路をとぼとぼと歩いていく。

 

そして、問題のラストシーンである。

森の中の逃走路の途中に、たまたま無人の小屋があり、5分だけ休むために、仲間たちは小屋の中に留まって、隠れる。

「もう少しでレジスタンスと合流できる、そこで銃を取って闘おう」。

休んでいる最中、絶望的な状況で、生きる希望を失わないように励ます、仲間たちの声が聴こえる。

そこに、外遊びの途中で迷い込んでしまったのだろうか、金髪で白人の男の子が小屋の入り口を覗き込んだ。

そのことに、たまたま、サウルだけが気づく。サウルは、その少年を見て、何も言わない。行動もしない。

ただゆっくりと、サウルの表情に笑みが浮かぶ。

 

…これで、『サウルの息子』の物語はおしまいだ。逃走も失敗し、小屋の中にユダヤ人たちが隠れていることはナチス親衛隊にバレてしまって、銃声が響く。そしてサウルともども、強制収容所に囚われていた人々はほとんど全て死んでしまう、そんなことを暗示させるシーンが、最後にさりげなく置かれるだけだ。

僕は見終わって、キョトンとしてしまった。『サウルの息子』という物語は、いったい何を伝えたかったのだろう?  

 

まず、先の記事で書いたように、『サウルの息子』はエンターテイメントとしての作りを拒絶していた。

僕も見終わった直後は、疲労感とキョトンとした感じで、何となく呆然としてしまった。

しかし恐らく、これは映画の作り手のねらい通りなのだろう。

強制収容所で実行された虐殺という「事実」、それを見ることを、心地よく終わらせて良いはずはない。疲労感は、むしろそのまま感じれば良い。

そして、一見して分かりにくいことも、この「事実」に踏みとどまらせようとする、物語の作り手の意思によるものではないか。

確かに気になる。映画の物語を、遡って立ち止まり、あれこれ考えたくなる。

 

まず、サウルの最後の笑み。

あれは、少年に笑いかけたようにも見えるし、自然に自分に浮かんでしまった笑みのようにも見える。

思い返すと、映画の中盤、サウルは自分の「息子」の遺体にかけられた布を外し、その表情を見るたびに、非常に微妙ながら、表情を緩ませていたようにも思える。

 

他の全てのシーンでは、サウルは基本的に無表情だ。

映画の全編に渡って、ショットはサウルの表情に接近していた。自らの死への恐怖や、焦り、戸惑いが一瞬浮かぶことはあっても、サウルが表情を緩ませるような気配は、ラストシーン以外では、「息子」の顔を見たときしかなかった。

(やや関連して、サウルがある女性と接触するシーンのことも、非常に気になる。そのシーンではサウルの眼差しが一瞬、情熱的に燃え上がったようにも見えた。が、それもほんの一瞬で、すぐに元の無表情・無関心に戻ってしまう。以下で息子の真偽とラストシーンに関する僕の解釈を述べる途中で、そのことについても軽く触れたい)

 

そして、議論の急所は、サウルの「息子」は、本当に彼の「息子」なのか?という点だ。

映画の中盤、サウルのことをよく知っていると思われる、ゾンダーコマンドの同僚が、サウルに対して「お前に息子はいない」と述べていた。

ここは、映画を見ていた僕が、ぼんやりとだが、ずーっと気にかかっていたところだ。

 

ゾンダーコマンドの同僚が、「お前に息子はいない」と述べるシーンは、確か二箇所あった。

二度目のときは、サウルが先に、まず弁解するかのように、「実の妻との間ではない子どもが、俺にはいるんだ」と述べていた。しかしその言葉を聴いても、同僚はあらためてサウルに確かめるように、「お前に、息子はいない」と答えていたのである。

ここは、象徴的なシーンなのではないか。

 

あえて整理してみる。「息子の真偽」については、以下の二通りの解釈ができる。

ひとつめは、サウルの「息子」とは、本当に血のつながったサウルの息子である、という解釈だ。

サウルの息子』の物語は、「親子の愛」の物語としても読み取れる。極限状態、父を支えたのは、息子への愛だった…。そんな、家族愛の物語。

この解釈では、サウルは正気だったということになる。実の息子を、死後はせめて人格的に扱いたいと願い、そうすることで、サウル自身も強制収容所の中で人間的であろうとした。

そんな理路で考えるなら、サウルは正気を保ったまま、息子の埋葬に奔走した、ということになるだろう。

しかしこの解釈では、ラストシーンの意味がよく分からない。

また、これを言っては元も子もないのだけど、この映画の作り手がインタビューで、「脚本上は最初、サウルの「息子」を本当の実の息子として設定していたが、それを制作途中で変更することにした」と語っているらしい(参考:宇多丸サウルの息子」の感想を語る シネマハスラー https://youtu.be/DTa-5ucdiqU)。だから、この一つ目の解釈は間違っていることになる。

 

ならば、もうひとつの解釈を取るべきだろう。そして次のようにサウルの「息子」の物語を読み解くべきではないか。

サウルの「息子」は、血のつながったサウルの息子ではない。

サウル自身が、自分を助けるために、幻想の「息子」を作り出した。サウルは、自分を助けるようにして「息子」を作り、その「息子」を埋葬せんとして、駆り立てられていたのだ、と。

 

先述の通り、同僚がサウルへ、「お前に息子はいない」と二度も発言していたことは、この解釈を取る根拠の一つになり得る。

だが、もっとも大きな根拠は、やはりラストシーンにある。

最後に小屋へ迷い込んできた、あの子どもは、金髪の白人の男の子だった。もはや黒髪でもなく、自分の「息子」と思いこめるような存在からは遠くかけ離れていた。

それでもサウルは、あの少年を「息子」として見た。それで、自然に笑みが浮かんだ。僕は、そう解釈したい。

サウルは、自分を助けようとして、最後の最後まで「息子」を作り続けたのだ、と。それほどの力が、サウルにはあったのだ、と。

 

しかし、サウルの最後の微笑みは、自身や仲間の命を失わせることにつながったのかもしれない。

サウルは笑みを浮かべただけで、その男の子を見送ってしまう。あの男の子はそれで小屋から走って出て行き、その後、ナチス親衛隊の追っ手に発見される。追っ手はすぐに、あの男の子が走ってきた先へと向かっていった。そのことによって、サウルらは全員殺されてしまった、と見ることも可能だ。あそこでサウルが声を上げていれば、ナチス親衛隊の追っ手に見つからずに済んだかもしれないのだ。

サウルが幻想の「息子」を作り出すことは、自身や仲間の命を救うことにはつながらなかった。むしろ、命が奪われることにつながったのかもしれない。

しかし、そうであってもなお、あれはサウルが自分を助けようとして、駆り立てられて顕わになった自助の営為として見るべきではないか。そんな直観が僕にはある。それはいったい、どういうことか。直観を、少しずつ言葉にしてみたい。

(③へ続く)

狂気の自助へ① -映画『サウルの息子』感想前編

映画『サウルの息子』を見た。http://www.finefilms.co.jp/saul/

 

物語の舞台は、ナチスドイツの運営する強制収容所。そこは、ユダヤ人を集め、管理し、虐殺する場所である。

強制収容所で実行された空前絶後の大虐殺。この「事実」の物語が、映画『サウルの息子』だ。

主人公(サウル)もユダヤ人であり、サウルは強制収容所にいる他のユダヤ人たちを殺し、その死体の後片付けをする「処理」係(ゾンダーコマンド)のひとりである。

サウルらゾンダーコマンドも、時が来れば結局、同じように殺される。ナチスドイツの大虐殺の「事実」をなかったことにするために。もちろん、逆らっても殺される。「死」は早いか少し遅いかでしかない。それを分かっていながらも、同胞たちの「処理」の仕事をせざるを得ない。

そこには、周りにも先にも、「死」あるのみ。収容所における極限状態の生活。未来に何の希望もなく、末にあるのは徹底的な抹殺と消去である。まさに、地獄。

そんな中、サウルは、ある子どもを見て、あれは自分の「息子」だ、と語り出す。

その「息子」とは、本当にサウルの「息子」なのか?

サウルは狂っているのか?  それとも正気なのか?

「事実」から、「死」と、そして「狂気/正気」を問う。

 

…こんな物語が映画『サウルの息子』だ。以下、ネタバレありで、書きながらこの映画の物語のことを考えていく。

というのも、映画視聴後、「なんだったんだ、これは…」というモヤモヤ感が僕の中で消えてくれないからだ。書きながら、僕なりに思うことを言葉にしていき、ゆっくり考えていきたいと思う。

 

なお、なぜ僕が映画『サウルの息子』を見ようと思ったかというと、宇多丸さんの映画時評を聴いたからだ。

 

宇多丸サウルの息子」の感想を語る シネマハスラー https://youtu.be/DTa-5ucdiqU

 

ナチスドイツの強制収容所を映画として描くことについては、これまでも色々な議論があったという。

エンターテイメント映画として、強制収容所であった虐殺という「事実」を消費して良いのか。こんな論点があることを、宇多丸さんの映画時評を聴いて知った。

つまり。あの悲惨な「事実」に、僕たちは、いったいどう向き合うべきなのか。そんな問いがまず、目の前にはあるはずなのに。

エンターテイメントとしての消費は、死者を感動のネタに使う、死者の冒涜ではないのか。それは生者が、あの過去の「事実」と向き合うことから眼を逸らすことにつながるのではないか。それは果たして、倫理的に許されることなのか。

そんな鋭い批判が、これまでにもあったのだという。

映画『サウルの息子』は、こうした批判に真正面から向き合ったものだ、と映画時評で宇多丸さんが解説していた。

それで僕は、この映画を見てみようと思ったのだった。

映画とは、物語とは、エンターテイメントとは何なのか。そのことを考えてみたくて。

 

僕がこの映画を実際に見てみると、最初から、あまりにも強烈に、悲惨すぎる「事実」が描かれていて、圧倒されてしまった。

それは、グロ描写などではなかった。

むしろ、ハッキリとは映さない。見ている側を想像力で戦慄させ、心底恐怖させるような描き方がなされていた(次の動画も参照)。

 

町山智浩サウルの息子」早くも2016年ベスト! たまむすび https://youtu.be/j0YDv0GsR5E

 

ドンドンと必死に壁を叩く音。壁越しにかすかに聴こえる悲鳴、叫び声、絶叫。長い時間が過ぎて(ガス室のガスは薄いもので、即死できない。10分近く苦しめられて死に至る。…その残酷さ!)、末期の声も失われて全てが終わったのだろう、次のシーンでは、ガス室の中を掃除するサウルらの姿があり、その視界の端を横切っていく肌色の「もの」、赤色や黄土色の汚れ。それらを淡々と「処理」していくサウルたち…。

 

覚悟して見始めたのだけども、映画開始直後から、トップスピードで非常に苦しかった。

本気でこの強制収容所の状況を想像しようとしたら、苦しすぎて気分が悪くなりそうで。

視聴開始してすぐ、僕は、ある程度心のスイッチを切り、客観的・乖離的に目の前の映像を見ようと思い始めた。

そうしながらこれは、主人公のサウルに近い姿勢だな、と思ったりした。

 

この映画では基本、サウルから見た視点でのカメラワークで物語が進行していく。そのカメラ≒サウルの視界は、周囲へ視点を合わせないようになっていて、その視界のほとんどが、ぼんやりとぼやけるようになっている。

今の周囲も、また将来も、あまりに悲惨なことしかあり得ないと思える状況のとき。人は、なるべく周りに眼を向けないように、視野を狭窄的にして、様々な関心も閉じ、過ごしていく他なくなるのかもしれない。

スイッチを切って、目の前のことを無関心・無感情で、淡々と「処理」する他なくなるのかもしれない。

 

…さて。

物語の流れとしては、冒頭の強烈なシーンをインパクトとして、ずっと恐怖感が持続していくような作りになっていた。

途中、実は主人公ら「処理」係たち≒ゾンダーコマンドたちは反乱を企てていることが、見ている僕らにも分かってきて、それが物語終盤の山場にもなっていく。

 

この映画の物語の導きの糸は、以下の2本だ。

1本目は、このゾンダーコマンドたちの反乱をめぐる糸。

2本目は、サウルが自分の「息子」を埋葬せんとして格闘する糸である。

 

途中、サウルが都合よく助かりすぎではないか、と思うような展開も、いくつかあった。

しかし、そんなことは見る側の僕にとっても、作り手にとっても、どうでも良かったのだろうと、今になって思う。

サウルの息子』は、エンターテイメントとしての作りを拒絶していた。

物語を先取りして言うと。サウルは物語中盤では命を長らえるが、物語の結末では、結局命を失ったのだろうと予感させるような作りになっている。その結末も、悲劇的なカタルシスを直接的に得られようなものではないと感じた。

サウルが物語中盤で助かるのも、その後何らかのカタルシスを観客に得させるのための、ご都合主義的な設定操作ではなかったように思う。

納得いくように物語を作り、観客を気持ちよく興奮させるような作りは、強制収容所の「事実」を取り上げる以上、やってはならない。それは「事実」を消費させ、冒涜し、見る側が「事実」と真に向き合うことを避けさせる。

そんな行為は下手をすると、この「事実」が再び起こることを、助けることにもなりかねない。

だからこそ、この物語は、悲劇的カタルシス・その興奮とは別の何かが湧き上がるよう、観客へと呼びかけているはずだ。そのためにサウルは、物語中盤で生き延びることになったのだろう。

この別の何か、とは、見る側が「事実」と真に向き合うことであることは、まず、間違いない。

そして、強制収容所の虐殺の「事実」と真に向き合ったとき、その先に、いったい何が見えてくるのか。この映画の物語の作り手は、「事実」と向き合う過程で、いったい何を見たのか。そこまで、僕は知りたい。

この物語が呼びかけている何か、その奥深いところを、僕は知りたいと思った。

 

議論の急所は、「息子」の真偽とラストシーンにあるはずだ。次回以降の記事で、そこに迫りたい。

 

 

この記事の最後は、僕のちょっとした寄り道・迷い道で終わりにする。

 

僕自身のこの映画の視聴中の感情の流れを言うと、冒頭に強烈なインパクトがあり、ずっと恐怖に慄いていたが、後半では、やや退屈さも感じていた。

エンタメを拒絶する作りの物語と、その極限状態を見続けたことによる疲労のせいだろう。

ただ、後半は疲労と退屈さを感じつつも、このような物語を見ることができて、不思議と、なんだか救われたような気持ちにもなっていた。

 

安易に一緒にしてはいけないのは当然なんだけど、僕たちも形を変えた「強制収容所」にいるのではないか、という言葉が、何となく頭に思い浮かんできたのだった。

暴力を受け、もしくは暴力に手を染め、しかし自分の力では逃れられない境遇にあり。そんな世界をとことん描いてくれている。それをこうして、外から見ることができているありがたさを、映画を見ながら、じんわりと感じたりもしていたのだった。

 

ただし、強制収容所は文句なく自力では逃れられない境遇であり。それに比べて僕は、自分の意思と行動次第で、その境遇から解放され得る(…のではないか?)。そもそも、あのような直接的で膨大な、悲惨過ぎる「死」ばかりの世界からは、僕の住む世界は遠くかけ離れているわけで。そんな大きすぎる違いも、もちろん感じてはいるのだけど…。

 

このようにすぐに、自罰的に感じてしまう自分も、自己責任的でダメなのかな、と思ったり。

一方で、強制収容所で殺されたユダヤ人の方へ、自他の区別を無くして接近してしまう僕の危うさ(≒僕が接近すべきは、ユダヤ人の方ではなくマジョリティ側、すなわちユダヤ人を迫害・虐殺する決定を下したナチスドイツの最高執行部や、例えばアイヒマンのような、その命令を実行した人々、そして、それを陰に陽に後押しした大衆、そんな彼ら/彼女らの方ではないのか?なのにむしろ、その逆の方へと自然に接近してしまうことへの危険性)こそ、ダメなのかな、と思ったり。

 

うねうねと、そんなことを思い、考えたりもしている。

(②へ続く)

寂しさと、共に笑い合う町 -映画『ひいくんのあるく町』感想

ドキュメンタリー映画『ひいくんのあるく町』を見る。http://hikun.mizukuchiya.net/


舞台は山梨県の小さな町。知的障害の男性「ひいくん」が、町の中でいきいきと生活している様が描かれていた。

 

 

この映画は、言葉ではあまり説明しない。映像によって、様々な事象を豊かに表現する。


田んぼの水面にうつる、空の景色。

町を黒と橙の切り絵にするような、夕暮れ時。

入り口からの強い日差しに、眩しく照らし出された、昔の面影が残る店内。

歩く「ひいくん」と共にある、商店街の通りや数々の路地の佇まい。


町民が描いた水彩画の絵や、「伯父さん」が撮った写真は、昔の町の様子を示してくれる。その静止画と重ねるようにして、同じ場所の今の様子を、カメラの映像が映し出していく。


手法はきっと、どれも基本的なものなのだろう(僕は映像表現に詳しくないので、テキトーな想像だけども)。そこで捉えられた数々の映像に、僕は美しさを感じた。派手さや衒いはない。素朴な、その町の、そのときの、そこではありふれているのだろうが、常にすでに美しい瞬間。

 

 

また、僕はいま、知的障害の方の介助の仕事をしているのだけど。

その経験とも重なって、色々思うこともあった。


僕の働く職場は、僕が生まれ育った町、札幌の中央区に位置していて、その地域で暮らしている障害のある方々(メンバーさん)が、僕の働く施設へと通所してくる。

僕のいる通所施設は、なるべく地元の地域へとメンバーさんが出ていけるようにする、そんなコンセプトを持っている。だから午前の仕事の時間も午後のレクの時間でも、メンバーさんと共にスタッフである僕たちも、せっせと地域へ繰り出していく。

すでに20年近い実践の蓄積もあって、施設のご近所の方々との、暖かい付き合いはある。施設から歩いてすぐの小さな公園では年に一回、町内会の方々と一緒にお祭りを開いていて、障害のある方もない方も、自然に一緒に時間を過ごすような機会もある。

だから、この映画を見て、僕の職場で出会う光景と近いものも感じた。感じたのだけど…。


やっぱり、大きな違いもあって。

ひいくんも、ひいくんに関わる町の人たちも、そこではまったく構えていないのだった。

町の人々は、立ち寄ったひいくんに、やれる仕事をお願いしたり、世間話やちょっとしたやりとりを交わしていく。僕の職場から見える景色よりも、もっともっと自然に、日常の延長線上で共に暮らしている感じ。それに比べると、僕の故郷の地域は、より明確に境界線が引かれている。健常者と障害者との、暮らす世界を分かち断つ、その分断線が、くっきりと。

札幌という都会の町にいて、すっかり「福祉サービス」感覚に慣れた僕の心は、映像によって解きほぐれるようだった。

こうやって、分離・隔離もされず、障害のある人々が町の人々と自然にやりとりできさえすれば。きっと、家族内や施設内で押し込められて生ずる数々の苦痛・苦境や悲劇も起きないのだろうし、介助者のバーンアウト・定着困難や早期離職、人手不足も起きないんじゃないだろうか。

僕はそう思ったし、この映画を見た人は、誰もがそう感じるんじゃないか。そんな自然なインクルーシブを感じられる光景を、映像で実際に確認できて、なんて力のある映画なのだろう、と心の中で唸ってしまった。

 

 

この映画は、理想的な側面ばかりを切り取っているわけではない。現実を静かに映していく。

映画中盤、ひいくんと同居する母親や姉の語りの場面がある。自分たちが見れるうちはギリギリまで、ひいくんとこの町で生活したい。が、どうにもならなくなったら、ひいくんの施設入所も考えている。それは今に始まったことではなく、ひいくんを施設に入所させるか否かの葛藤は、以前からもずっとあった。そしてその葛藤は、いまも現在進行形で持続していることが、その語りから分かってくる。


この町が理想郷なわけでもまったくない。障害者や要介護者に差別的で、健常者中心主義的なこの社会では、確実に存在してしまう矛盾。それは他の町に住む人々と同様に、ひいくんや家族たちを常に引き裂き続けていたのだった。

 

 

そして、この映画の最も凄いところは、「伯父さん」のドキュメンタリーと、ひいくんのドキュメンタリーを交差させていく終盤にある、と感じた。

「伯父さん」とは、映画監督の実の伯父さんであり、この町でずっと電気店を営んでいた男性のことである。30代の写真の中の伯父さんの顔は、いきいきとして元気に溢れ、働き者だったという語りを何よりも雄弁に裏付けてくれる。

しかしその伯父さんも、数年前に脳梗塞を発症し、今では認知症を患っている。電気店は閉めざるを得ず、伯父さんはいま、リハビリに励んでいる。そんな伯父さんの今の様子を、カメラは映しているのだが、僕はまず、そこに悲哀さを感じなかった。伯父さんは映像の中で、苦しそうにリハビリに励む様子こそ見せるが、趣味の写真について妻と共に(…というか、妻が中心に)語っていたときの伯父さんの表情などは、とても穏やかにも見えた。伯父さんは静かな余生を過ごしているのかな、という程度の感覚しか、当初の僕は抱いていなかった。


その僕の感覚が思い違いだとわかったのは、伯父さんが堪え切れず涙を流すシーンでのこと。

伯父さんの弟が、町の商店街の仲間に呼びかけ、1日だけ電気店のシャッターを上げ、店開きをしてみることになった。

伯父さんの弟らは、その電気店をフリースペースのようにして、町の集いの場にし、伯父さんにもかつての元気を取り戻してもらおう、そんな思惑を持っているようだった。

ただ、伯父さんの弟も商店街の仲間たちも、みんな伯父さん本人の様子を、何よりも気遣う様子を見せていた。


負担になるかい?

今日、シャッターを開けて、大変だった?

フリースペースのことは伯父さんのためになれば、と思ってのことだから、負担になるんだったら…。


伯父さんは、しばらく口ごもっているような様子だったが、仲間たちとやりとりするうちに俯き、ついに涙を抑え切れなくなる。

(このとき、商店街の仲間の女性が横で軽口を叩き続けているのも、なんとも言えず良いシーンだと思った。場が湿っぽく、重くなり過ぎないようにする、自然で素朴な配慮なのだろう)


認知症後の伯父さんの生活は、やはり寂しいものだったのだ。あの涙はもちろん、弟や仲間たちの暖かい気遣いが嬉しかったこともあるだろう。しかし、それだけでもないのだと思う。認知症となり、身体も衰え、活躍できる場が失われた。かつてあった、町の人々との交流機会も著しく減った。そのことへの、痛いほどの寂しさ。伯父さんの落涙で、僕はその寂しさを痛感した。


伯父さんは、電気店を営んでいた頃、町を歩くひいくんと頻繁に交流していた。なんの打算もなく、自然に。それが電気店閉店後は、ひいくんと会うこともなくなり、全く交流しなくなってしまった。ひいくんとの交流機会は、伯父さんがこの町の人々と盛んに交流していた機会と、パラレルの関係にあったのだった。


映画は終盤で、ひいくんと伯父さんが久方ぶりに言葉を交わす瞬間を捉える。町は、若者が出て行き、高齢者ばかりになりつつある。店も潰れ、衰退しつつあることは紛れも無い。しかしこの町は、ひいくんを自然に包み込んできた歴史があり、それは町の人々と、何よりもひいくん本人が成し遂げてきた蓄積だった。それを映像は確実に掴んでいた。

 

 

伯父さんが要介護状態になって以降、実はずっと直面していた痛みと寂しさ。圧し殺していたその問いが、露わになる瞬間があった。それはきっと、少子高齢化の日本社会の各地で生じ得る事態だ。

この映画の映像から、各地で問いを露わにして、それを開いていけないだろうか。


渡邉琢さんが書いた本、『障害者の傷、介助者の痛み』。

その中に、障害者介護と高齢者介護を交差させる考察がある。

 

「よくよく考えれば、今の介護保険に見られる問題点、たとえばサービスの絶対的不足、施設偏重、家族介護前提、本人不在というのは、何十年も前から障害者たちが直面していた問題と同じと言えば同じであろう。

いや、障害者のおかれた状況は今の高齢者のおかれている状況よりよほどひどかったであろう。少なくとも高齢者は、そこそこまわりの人に承認されてきた人生を生きてきた後、人生の終わりの方で今の問題に直面するのに対して、障害者は生まれたときから、社会のメインストリームから外され、その問題に直面してきたわけだから。

家族介護前提、介護殺人、介護心中、施設増設、地域サービスの不在というのは三〇、四〇年前に障害者たちがその人生の初めから直面していた問題であった。それを突き破っていったのが、障害者の自立生活運動(あるいは障害者解放運動、介護保障運動)だったわけだ。現在、介護保険に比して障害者福祉制度が充実しているのには、障害当事者による長年の運動の歴史があったからである。

とすると、現在の高齢者介護の状況を打破するポイントは、「高齢者介護保障運動の可能性」いかんにあるのではないか。

介護保険制度そのものは、地域でいつまでも生き続けたいという高齢当事者の思いからつくられたものではない。障害者福祉制度だって、もともとは当事者不在でつくられていたものだが、運動によって少しずつ、当事者たちの声が制度に反映されるようになってきたわけだ。

厳しい高齢者介護の現状をいくらかでも改善していくものとして、高齢者介護保障運動の可能性は、どれくらいあるだろうか?」

(渡邉琢(2018)「障害者介護保障運動と高齢者介護の現状」『障害者の傷、介助者の痛み』p.254-255)

 

 

先日僕も参加した、札幌のメンズリブの集まりでは、中年男性の健康問題と、親の介護の問題のことが話題に上がっていた。いつかこれらの問いを、当事者として語り合おう、という話しにもなった。


介護をいつか受ける、未来の当事者として。


息子として介護する、未来の当事者家族として。


僕がたまたま出会った障害者介助の世界からも学びを得て、それらを混ぜ合わせるようにしながら、この町で暮らす人々と、豊かな語り合いの機会を持っていきたい。僕たち自身の問題≒問いを開いていくために。そして、次の世代にバトンを渡していく第一歩として。ゆっくりぼちぼち、とぼとぼと。

 

 

昨日の映画観賞会は、友人同士の集まりとして開かれた、とてもささやかなものだったけれど、しみじみ良かった。

老若男女、障害のある人もない人もいる、ごちゃまぜの空間。

小さな子どもの人もいて、自由に遊んでいた。そこには、笑顔がたくさんあった。

 

安易に希望を見出すのは危険だけど、深刻に考えるだけになるのも、違うと思う。

 

語り合ったり、言葉はなくとも共に時間を過ごしたりしながら、基本は笑い合ってこの町で暮らしていきたい。ごちゃまぜの、ごった煮の空間として。あの映画の映像の中で、伯父さんも仲間たちも、子どもたちも、ひいくんも、そうしていたように。

 

 

素晴らしい映画を見る機会を与えてくれた、みさきさん、きよさん、ゆうほさんに、次の言葉を伝えたいです。本当にありがとうございました!

「迷惑」とは何か -ドキュメンタリー番組「母から娘へ」感想

1.問い

安積宇宙(あさか うみ)さん、安積遊歩(あさか ゆうほ)さんが出演するドキュメンタリー、「母から娘へ」(NHK教育テレビハートネットTV』2019.7.23放送)を見る。

番組は、相模原障害者殺傷事件が導入となり、宇宙(うみ)さんのフリーハグの取り組み(=路上で道行く人々にハグを呼びかけるもの)の映像から始まる。

生まれる前から障害があることは分かっていた宇宙さん。障害があること。誰かの助けが要ること。そんな存在は、生まれてきてはいけないのか。「迷惑」をかける人は、この社会で生きていてはいけないのか。相模原障害者殺傷事件は、宇宙さんや他の障害を持つ人々へ、本来は問う必要もない、問いとして提示すべきですらないはずの、あまりにも理不尽で過酷な問いを突きつけることとなった。

フリーハグの取り組みは、自分と他者が信頼し合えることを、触れ合うことでまず、確認させる。殺伐とした社会のイメージを緩ませるように、人が人として出会い、触れ合えることを実感できる。そんな営為が、フリーハグなのだろう。

 

2.差別

番組の中では、遊歩さんが結婚したいと願うパートナーの、その母と始めて会うときに、拒絶されることを恐れてガタガタと震えた、というエピソードが紹介されていた。遊歩さんは以前、お付き合いしていた男性の母から、「別れなければ家に火をつける」と脅され、その男性と別れざるを得なくなった、そんな過去があった。同じようにまた、最愛の人の母から、何か拒絶されるようなことを言われたら。その恐怖で、遊歩さんはガタガタと震えたのだ、と。

遊歩さんはその後、パートナーと結婚することとなり、宇宙さんが生まれる。遊歩さんのパートナーさんの母、つまり遊歩さんの義母の、過去を振り返る語りには、当時の壮絶な葛藤の跡が滲んでいた。差別がいけないのは分かっていた。しかし、実の息子の人生を思うと、差別的な気持ちがどうしても消えない。

遠いどこかの世界の話として、差別があるのではないのだ、きっと。ミクロな生活当事者の場面でこそ、差別は顕現する。実生活を過ごす我が身へ、具体的に訪れるものとして、差別はある。

遊歩さんの義母は、自らの差別意識と向き合い続ける。遊歩さんが宇宙さんを出産する直前、義母は病院に現れ、遊歩さんを励ます。遊歩さんの目から、涙が溢れる。壮絶な映像。言葉を失った。

 

3.声

遊歩さんは、自身の幼少期、声を聴いてもらえなかったのだと言う。障害者解放運動に出会い、初めて自身の心の声を抑圧しなくて良いことを知った。遊歩さんが実践しているピアカウンセリングは、障害を持つ人の声を徹底的に聴こうとする。子どもの頃の自分を救い、その声を聴こうとするかのように。

自身の抑圧された過去に気づき、自身の内なる子ども(インナーチャイルド)・内なる若者(インナーユース)に対して応答しようとする。それは、自身を救い、また、社会で同じように苦しんでいる人を救うことにつながる。ラディカル(社会変革的で根源的)な実践や運動をしている人は、みんなそのようなプロセスを辿っている気がする。

宇宙さんと遊歩さんとの対話も印象的だった。宇宙さんは、遊歩さんのように怒れない、と言った。遊歩さんは孤独の影を背負っていて、怒ることで人との関係が切れてしまい、独りになったとしても仕方がないと、どこかでそう思っているように見える、と。遊歩さんは、それらの見立てを否定しなかった。時代がそうだったのだ。あまりにも理不尽で、孤独だった。怒るほかなかった、変えるためのアクションを取らざるを得なかった、と。

僕は、宇宙さんと自身を重ねられるような立場にはいないけど、誰かを怒ることが苦手な点では似ていると思い、モヤモヤと考えた。孤独になることも怖い。しかし、目の前の理不尽をやり過ごしてしまいたくもない。

怒りが、僕にはよく分からない。とりわけ、自身が踏みにじられることの怒りが。でも、怖さはよく分かる。僕は、いつも怖がっている。まずは、怖さを感じ切りたい。そんな臆病な僕から始めたい。そう思った。

 

4.僕

相模原障害者殺傷事件の犯人は、事件後も障害者差別の気持ちが消えていないと、ある記事を読んで知った。優生思想・能力主義の価値観の中で、自身が使えない存在ではないかと悩み、苦しみ、社会から逸れ、ついに障害者を殺傷するに至った犯人。社会に「迷惑」をかける存在を消去することで、社会の役に立つ「何者」かになれた。犯人は、今でもそう思っている。

他人に「迷惑」をかけてはいけない。能力がほしい。強くありたい。優れてありたい。そう思う自分は、あまりにも強固だ。僕もいま、障害福祉の仕事をしているけど、能力主義的に考えてしまい、落ち込むことばかりだ。

この前、プールの着替えを手伝っていたメンバーさんから、僕のたどたどしい介助のせいで怒られてしまった。介助がないと着替えられない、そんなメンバーさんのこれまでとこれからを、そして、そんなメンバーさんの介助をしている自分を、あれこれと考えながら番組を見たりもした。

僕にも、まだまだ、他者への信頼感が足りない。職場で、誰かの力を借りることができない。自分でやろうとしてしまう。

 

5.「迷惑」

僕の内側にある、「迷惑をかけるな」という言葉。これを、粉々にして、すっかり無くしてしまいたい。でも、できない。どうしても湧いてくる。なんて根強い言葉なのだろう!

この社会では誰でも、「迷惑をかけるな」と言われ続けて生きていく。周りの大人から、社会から。社会から「迷惑をかけるな」と言われ続けてきた大人に、僕は育てられてきた。だから、当たり前なのだ。「迷惑をかけるな」という内言があまりにも強固なのは、きっと長い長い歴史の蓄積があるからなのだった。

「迷惑をかけるな」と脅迫されてきた、僕の内なる子ども、僕の内なる若者に、応答しようとするならば、どんなアクションに至るのだろう?

相模原障害者殺傷事件のあの犯人が、自身の内なる子ども、内なる若者へと真に応答しようとするならば、どんなアクションに至るのだろう?

「迷惑」をかける人は、この社会で生きていてはいけないのか。この文章の冒頭で提示された、この問いは、本来は提示すべきでもない。問うまでもない。助けが要らない人などいない。馬鹿馬鹿しい。そう否定し、一蹴すべきなのだろう。

しかし、この問いを生きてしまった犯人がいたし、いまもいる。僕はどうか。他の人はどうか。いま、仕事で共に時間を過ごすメンバーさんたちは。同僚たちは。少なくとも僕にとっては、あの声を否定する前に、葛藤が要る。そんな気がする。

葛藤しながら日々を過ごす。そんな僕らを、大切に尊重したい。そして、様々なプロセスの中で、自身の問いと格闘しているメンバーさんたちや同僚たちと、共に生きていければ。そう思った。

 

6.おわりに

番組は、あまりにも劇的だった。その劇的さの背後にある、宇宙さんの、遊歩さんの、彼女らをケアし脱学習してきた人々の、日常の様々な格闘も、僕は想像したいと思った。

闘いは、僕らの日々の生活と労働の場面で、いつでも転がっている。気づけば、そこにある。なかったことにしようとしても、なくならない。それは、きっと恩寵だ。そう感じる。