おどおど桃

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に、という男女の固定化された分業こそ、性差別を産み育ててきたその元凶だが、それは男を山へ、女は川へ行かねばならないという強制を作りだすことによって維持されてきた。山というのは社会、川というのは家。つまり、男の『生きる』は社会に向けて、女の『生きる』は男に向けて、それぞれ存在証明していく中にあるという論理が、男女の固定された分業を通じて作り出され、それは長い歴史過程の中で巧みに構造化されてきた。

(中略)

 『お嫁に行けなくなりますョ』という恫喝は日常のささいなできごとを通じて、絶えまなく女に襲いかかってくる。よく、あたしは個人史の中で特に女を意識するように作られた記憶がない、などと言う人がいるが、女は川へ行かねばならないという外側からの強制は、いつのまにか、自ら川へ行ってしまう女を、女の中に作り出していて、〈女らしさ〉が無意識領分で操作されているところに、性差別の呪縛の、その解き放ち難さがあるのだ。

田中美津『いのちの女たちへ』より)

 

 「ないもの」を「ことば」にしていた人がいた 「いのちの女」に続く覚悟は?

(まくねがお、短歌投稿サイトUtakataより) 

 

おどおど桃

作 :まくねがお、山本謙    

底本:楠山正雄「桃太郎」青空文庫

 

第一章 はじまり

むかしむかし、あるところに、おばあさんとおじいさんがいました。毎日、おばあさんは山へしば刈りに、おじいさんは川へ洗濯に行きました。

ある日、おじいさんが川のそばで洗濯をしていますと、川上から大きな桃が一つ流れて来ました。おじいさんは、その桃を拾い上げ、抱えてお家へ帰りました。

夕方になり、山から帰ったおばあさんが、お家にあった大きな桃を、驚いてながめていますと、桃はぽんと二つに割れ、

「…ん? …んぎゃ、…んぎゃ。…ん?」

 と控えめなうぶ声を上げ、弱々しい赤ちゃんが遠慮がちに現われました。

おばあさんはますます驚いて、とにもかくにもまずは赤ちゃんをうぶ湯につかわせようとして、赤ちゃんを抱き上げました。すると、赤ちゃんはおどおどしながら、

「…スミマセン。」

 とでも言うかのように、おばあさんの顔から目を背けてしまいました。

「おやおや、何という遠慮がちな子だろう。」

おばあさんとおじいさんは、そう言って顔を見合わせた後、この子を自分たちで育てることに決めました。桃の中から生まれた子だということで、この子に「桃」という名をつけました。

 

 

時は流れ、桃は十五歳になりました。桃は元気に育ちましたが、その遠慮がちでおどおどとした感じは決して直らず、村人たちにいじめられても、あまり抵抗できない「おどおど桃」となってしまいました。

そしてある日、村では、おかしなウワサが持ち上がりました。最近村では、食べ物がよく盗まれる。どうやら、鬼がお家に忍び込み、食べ物を盗んでいるらしい。この村から遠く離れた、海の向こうの小さな島に、その鬼は逃げていった…。村人たちはいつしか、その小さな島のことを、鬼ヶ島と呼ぶようになりました。あそこには悪い鬼が住んでいて、村から盗んだ沢山の金銀財宝をため込んでいるんだ、とひそひそ言い合っています。しかし、鬼ヶ島に行って真相を確かめようとする村人は、誰もいません。

「誰かが、様子を見に行った方が良いんじゃないか?」

「鬼が攻めてくるかもしれないぞ。村に攻めてくるかもしれん。」

テポドンが飛んでくるかもしれん。」

「村の危機だ! 『村難(むらなん)』だ! 危急存亡のときだ!」

「ジェーアラートだ! 解散総選挙だ!」

…ひとしきり、村の中では大騒ぎがあったようです。そして…。

 

…なぜか、桃が鬼ヶ島へ行くことになっていたのです。

 

きっと、桃の頼みを断れない性格を知っている誰かが、そういう流れにしたのでしょう。桃は、お家に帰っておばあさんの前へ出て、こう言いました。

「あのう、桃に、しばらくおひまを下さい…。鬼ヶ島へ、なんだか桃が様子を見に行くことになったみたいで…。」

おばあさんはびっくりしておじいさんも呼び、いつものように、三人での話し合いが始まりました。じっくり桃の話しを聴いて、おばあさんは、こう言いました。

「鬼ヶ島に行くのは、止めた方が良いですね。私だったら、行きませんよ。」

「桃は、どうしたいんじゃ?」

そうおじいさんに尋ねられ、桃は、困ってしまいました。どうしたら良いかわからず、眼には涙が滲んでいます。それを見て、おばあさんがこう言いました。

「…桃も、もう、十五歳。そろそろ、桃の行動は、桃が決めて、桃が責任を取らないといけませんねえ。」

「それは、いまの桃には、ちょっと厳しすぎるんじゃないかのう…。」

「…桃、困ったときは、いつでも私たちに言って良いんですよ。困ったことがあったら、私たちはいつでも一緒に考えることができるし、失敗しても一緒にやり直すことができるんですから。だからいま、桃が、一番したいようにすれば良いんですよ。」

「わしらは、桃を応援しとるぞ。」

桃はよーく考えて、まず鬼ヶ島へ行ってみることに決めました。桃の決意の言葉を聞いたおじいさんが、

「よーし、そんな遠くへ行くんなら、おべんとうをこしらえてあげよう。」

 と言い、おべんとうのきびだんごを作り始めました。きびだんごがうまそうにでき上あがる頃、桃のしたくもすっかりでき上がりました。桃は、

「じゃあ、おばあさん、おじいさん、行ってきます…。」

 と、いつものおどおどした声をのこして、お家を出ていきました。おばあさんとおじいさんは、お家の外に立って、いつまでも、いつまでも見送っていました。

 

 

第二章 出会い

桃が海辺に向かって、とぼとぼ歩いていきますと、大きな山の上に来ました。すると草むらから、犬が一ぴきかけて来て、早口でこう言いました。

「なんか面白いことないかなないかなワンワンワン。」

桃は、犬の早口に戸惑いつつ、こう言いました

「えーっと、桃はこれから鬼ヶ島に行くんだけんども…。」

犬は、桃の言葉が終わらないうちに、こう早口で言いました。

「あっあっあっ腰になんかあるなんかあるワンワンワンワン! 腰に下げたものはなになに何なの何なのワンワンワン!」

「えっとえっと、これはきびだん

「わっわっほしいほしいちょうだいちょうだいワンワンワン! 鬼ヶ島にも行きたい行きたい面白そうだワンワンワンワン!」

「えっと、えっと…。うん…。」

桃はとりあえず、犬にきびだんごを一つあげました。犬はきびだんごを一つもらい、桃のあとからついて行きました。

 

山を下りてしばらく行くと、こんどは森の中にはいりました。桃がふと見上げると、木の上で猿が一匹、一心不乱に何かの計算をしています。その猿の顔色がとても悪かったので、桃は心配して「あのう…。」と声をかけましたが、猿は計算に夢中で、気づかない様子。そのうち、猿のお腹が「ぐーっ。」と大きくなりました。ははあ、お腹が空いているのかも。桃はそう思い、きびだんごをひとつ取り出すと…、良い香りが猿の鼻まで届いたのでしょう、猿がハッとして、こちらを向きました。

「あのう…、顔色悪いですよ。これ、食べますか。」

「…此れは此れは本当に感謝の念に堪えない。私は気が付くと過集中状態へと突入しており、空腹状態を維持したまま膨大な時間と共に現世界の生態系を体験し続けていたようだ。」

そう言って猿は、するすると木から降りてきて、今度はきびだんごを一心不乱に食べ始めました。食べ終わると、桃へ丁寧におじぎをし、お礼をしたいと、難しい言葉を使って言いました。桃は、難しい言葉に戸惑いながら言いました。

「えと、えと…。桃はこれから鬼ヶ島に行くんだけども…。犬くんと一緒に。あれ、犬くん? おーい、犬くーん。」

犬は遠くで、ちょうちょと遊んでいます。…と思ったら、「あっリス!」と、目の前を横切ったリスを追いかけ始めました。それを見て猿は、こう言いました。

「…成程。ならば、私も鬼ヶ島なる場所を目指して旅程を共にすることを提案致したい。向こうの犬科の生物は、著しく知能が劣っているように見受けられる。」

「犬くんを、そんなに悪く言わなくても…。…うん、でも、ついてきてくれると助かるよ。猿さんは、とっても頭が良さそうだし…。」

こうして、猿も桃のあとからついて行きました。

 

山を下りて、森をぬけ、こんどはひろい野原へ出ました。すると空の上で、「ケン、ケン。」と鳴く声がします。見上げると、雉が一羽とんで来て、ニコニコしながら、こう言いました。

「こんにちはー。」

「あ、こんにちは。」

「アタシ、雉ちゃん。」

「あ、も、桃です…。」

「この先、鬼、出るよ。あぶないよ。」

「うん、桃たちは、鬼ヶ島に行こうと思ってるんだ…。」

 雉と桃が話していると、犬が話に首を突っ込んできました。

「おっおっおっ、雉ちゃんも仲間に入れよう入れようそうしようワンワン! 空飛べるよ役立つよワンワンワン!」

猿も、ムッとしながら口を挟んできました。

「犬は本当に失礼千万な生物だ。初対面の相手に不躾な依頼を羞恥心なく申し出るとは。確かに上空を飛来する能力は現行の我ら一行に持ち合わせない貴重で価値あるものに相違ない。しかし通りすがりでありともすればすれ違って二度と出会うことのない不確実性を多分に要素として含む他者に相対し、即座に先のような非礼な態度で勧誘に臨むならば、本来は快諾される可能性のある任務もあえなく拒絶される可能性のあるものとして変換される恐れがないとは言えない。なあ、そうだろう、雉ちゃんと自らを名指す方よ。」

雉は、ニコニコして、こう言いました。

「うん、うん。」

犬は猿に言い負けないように、早口でこう言いました。

「猿はホントにいけ好かないいけ好かないいけ好かないワンワンワンワン! ねー雉ちゃん一緒にいこうよいこうよワンワンワン! いいだろいいだろワンワンワン! 楽しいぜ楽しいぜワンワンワンワン!」

雉は、ニコニコして、こう言いました。

「うん、うん。」

「わっわっほらほらワンワンワン! 一緒に行ってくれるって一緒に行ってくれるってワンワンワンワン!」

犬が喜び駆けまわり、桃も驚き、言いました。

「え、ついてきてくれるの? 雉ちゃん…。」

「うん、うん。」

「それは、とっても嬉しいんだけども…。あ、そうだ、きびだんご、あげるね。おじいちゃんが作ってくれたんだけんども…。」

雉は、さっきよりもニコニコし、目をキラキラさせて、こう言いました。

「わー、ありがと!」

こうして、雉もきびだんごを一つもらい、桃のあとからついて行きました。

 

 

第三章 ケンカ

一行がさらに進んで行くと、やがてひろい海ばたに出ました。そこには、ちょうどいいぐあいに、船が一そうつないでありました。一行は、さっそく、この船に乗り込もうとしたのですが…。

…そこで、大ゲンカが始まってしまいました。犬が後先考えず、船の一番前に立ち、がむしゃらに漕ぎ出そうとしました。猿が犬を押し止め、犬の行動の非論理的な点を長々と述べて、「まずは鬼ヶ島への距離と方角、着くまでの時間を類推して計算し、適切な速度と角度を確定してから出発すべきである。」と主張、ひとりで計算を始めてしまったのです。犬は三秒ほど待ったもののすぐにイライラして頭が沸騰、次の瞬間、犬と猿は取っ組み合いのケンカを始めてしまい、桃が慌てて止めに入りました。その間ずっと、雉は、離れた場所で見ています。

何とか桃が間に入り、二人を引き離そうとしています。犬はとにかくイライラし、ついにみんなの悪口を言い始めました。

「猿のヤツ、最初から気に入らなかった気に入らなかったワンワンワン! 頭が良いのを鼻にかけ、オレをずっとバカにして、バカにしてバカにしてワンワンワンワン!」

「桃だって、悪い悪いぞワンワンワン! アンタが大将のはずだろワンワンワン! なのにずーっとぼーっと立ってるだけワンワンワン! もっと猿にガツンと言ってやれワンワンワン! 頼りない頼りないワンワンワンワン!」

「雉だって、オレは腹立つ腹立つワンワンワン! お前が一番何もしない、ただ見てるだけ見てるだけワンワンワン! ズルイズルイズルイわんわんわんわん! そういうヤツ、オレ大嫌い! 大嫌い大嫌いワンワンワンワン!」

犬はひとしきり叫びまわり走りまわり、ついに、こう言いました。

「オレ、この旅を抜けるワンワンワンワン!」

 

そんな犬の言葉を聴き、興奮した猿も言いました。

「私も犬に対しては最初から猛烈にそして拭い様のない激しい違和感を持ち続けていた! この一行の旅程の方向性を定める最終審級は桃氏であることは一寸の狂いもなく確定的な事実である! だのに犬は常時先行して行動を決定し、我々一行を振り回し我々を混乱に陥れ続けて来た! 一体全体全く持って何様のつもりか!」

「お前こそ何様のつもりだワンワンワン! 何言ってるか、いっつもゼンゼン意味わかんないんだワンワンワンワン!」

「私の主張の意味を犬が解さないのは、犬の語彙力と理解力が極めて致命的に乏しいためである! 犬が日々の思考・行動において、常時内的に論理的な言語処理を実行し、深い洞察を重ね続けていたならば、緻密かつ透徹に論理性を駆使して積み上げられた末に錬成された先のような私の主張を、精確に理解することが多大な労力を費やす程の困難であるはずなど無いのだ!」

「うるさいうるさいワンワンワンワン!」

「五月蠅く耳障りなのは犬、貴様の方だ! 罵菟倭菟罵菟倭菟(ばうわうばうわう)と口汚く吠えるな! 言葉とは発せられれば発せられるほど暴力を誘発するもの、此れほど私が常日頃言葉少なく主張しようとして血の滲むような努力を欠かしていないにも関わらず、貴様はその醜く耳障りな負け犬の遠吠え一つも我慢できないのか!」

猿のこの言葉を聴いて、犬の表情が怒りのあまり、スッと青ざめるのを、桃は確かに見ました。思わず桃が口を挟みました。

「猿さん、その言葉は酷いよ。いや、猿さんが本当は何を言っているのか、桃にも意味がよくわかんなかったけども…。とにかく、犬くんに酷いことを言ったのが、桃にも分かったよ。猿さん、犬くんに、謝った方が良いよ。」

猿は、桃の言葉を聴いて、一瞬ひるんだような顔をしました。しかし、思い返したようにキッとした顔をして、桃にこう言い返しました。

「大半が完全に的外れな知見に過ぎない犬の主張において、桃が頼るに値しない存在だという議論を展開した点に関してだけは、唯一正鵠に的を射ていると私も常々想念していたところだ! あなたが私へ先のように忠告する資格など、唯の一つたりとも存在していない!」

猿はますます興奮し、いよいよ引っ込みがつかなくなったのでしょう。雉の方も向いて、こう言いました。

「雉に対しても、強く不審に思う面が無きにしも非ずだ! 現時点に至るまで、雉は一言たりとも自身の内心を吐露・開陳していない。討議に参加しない不作為は、それ自体が現状追認という効果を及ぼさざるを得ず、その点では雉も、我々が陥っているこの破滅的・壊滅的・終末論的な事態に対して、深海の如く底深く昏く重苦しい罪の一端を等しく担っているものと心得よ!」

そう叫んで、猿は最後に、こう言いました。

「私も、この旅を、抜ける!」

 

 

第四章 弱さ

…沈黙が、辺りを支配しました。犬は青ざめ俯いて、じっとその場に佇んでいます。猿はハーハー息を切らし、肩で呼吸をしています。雉は怯えた顔をして、離れて様子を窺っています。どのくらい時間が経ったでしょうか。桃が口を開きました。

「犬くんも猿さんも、ごめんよ。桃が頼りなくて…。」

 桃の言葉に、周りの空気は、ますますどんよりと重たくなったかのようでした。続けて、桃は言葉を重ねました。

「実は、桃は、この旅を、自分がしたくてしているわけじゃ、なかったんだ…。」

桃は、ゆっくりと、この旅に出ることになった経緯を説明し始めました。村の子どもたちからいじめられて、もういじめられるのがイヤで、断れずにこの旅に行くと決めたこと。自分は昔から、なよなよしているとバカにされ、おどおどうじうじしていて、みんなを引っ張る大将になんて、とてもなれないと思っていること…。そんな本心を三匹に伝え、桃は、次のように言いました。

「…だから、もう、鬼ヶ島に行くのは止めようと思うんだ。村人のみんなに、謝るよ、心から。ただ川に流されるようにしてここまできた、桃が悪かったんだ。最初から、そうすれば良かったんだ。」

そうして桃は、三匹に向けて、深々と頭を下げました。

「桃のおどおどに巻き込んじゃって、みんなにイヤな思いをさせてしまって、本当にごめんなさい…。」

三匹は、ただじっと、桃の言葉を聴いていました。

 

「…だからね、もうこれで、帰ることにしようかなって、思うんだけども…。」

ここまで伝えて、桃は、雉の言葉を一言も聴いていないことに気づき、言いました。

「ごめん、雉さんの気持ちを聞くのを忘れていたよ。ねえ雉さん、雉さんの今の気持ち、聞かせてくれる?」

桃は、雉と目を合わせ、いつもおばあさんやおじいさんが桃にそうしてくれていたような、優しいまなざしで、雉へ自分の気持ちを話すように、そっと促しました。すると、雉の口から、ことばが湧き出しました。

 

「…ごめん、バカだから、アタシ。

…わからないの、みんなの話し。バカだから。

…早いと、よくわからないの。アタシ、とろいから。

…難しくて。言うこと、わからないの。だいたいね。

…でもね、わからないと。言うとね、バカにされる。もっと。

…言えなくて。ずっと。みんなに。

…バカにされる。野原の雉のみんなに。いつも、ひとりでいたの。だから…。」

 

…雉の言葉を最後まで聴いて、桃は言いました。

「そんな雉ちゃんに、これまで気がつかなくて、ごめんね。」

すぐに猿も言いました。

「雉ちゃん氏よ、何時も、解り難い言い方をして、御免。」

続けて犬も言いました。

「雉っち、いつも、早口で、ごめんな、ワンワン。」

「ううん。」

 と、雉は、弱々しい笑みを浮かべながら、みんなに答えました。

 

雉のことばを聴いて、犬が、いつしか語り始めました。自分はいつもせっかちで、思いついたことをすぐ、してしまう。後先を考えずに。そして、前にしたことも、すぐに忘れてしまう。そのせいで、常に失敗ばかりしていて、山の犬たちからは、いっつも煙たがられている…。

「だいたい、ひとりなんだオレ、オレもひとりなんだ、ワンワンワン!」

 

犬のことばを聴き、猿も、いつしか語り始めました。自分はいつも、思いこんだらずっとそれに拘ってしまい、没頭して、そのことしかできなくなる。他の人と、何かを一緒にやろうとすると、いつも自分のしたいことを曲げることができず、相手を言い負かしてしまい、仲違いをしてしまう…。

「私も、いつも独りだったんだ。皆と、同じだ。」

 

そう言ってから猿は、犬に、次のように言いました。

「犬氏よ、さっきは、酷い事を云った。意地になっていたんだ。本当に、申し訳なかった。」

「猿っち、オレも悪口言って、悪かったワンワン。」

 

 

第五章 話し合い

桃は、みんなが仲直りしたことに、心底ほっとして、こう言いました。

「それじゃあ、帰ろうか。」

犬がずっこけ、止めました。

「桃っち待て待てワンワンワン! せっかくだから、鬼ヶ島に行ってみたいぞワンワンワン!」

「アタシも、行きたい。」

「私も同じく、行きたいと思う。だが、どのように鬼ヶ島まで行くか。その方法が問題だ。」

いつの間にか三匹が、鬼ヶ島へ行くための話し合いを始めています。慌てて桃も加わって、一人と三匹の話し合いが始まりました。デコボコの一行ですから、話し合いはなかなか、スムーズには進みません。そこで一行は、まず話し合いの決まりを定めることにしました。桃がみんなの声を聴き、猿はそれを言葉に残していきました。定まった《決まり》は、次のような八つの文章になりました。

 

《犬・雉・猿・桃が話し合いするときの決まり》
  1. 言いたいことは、ゆっくり話そう。
  2. 言いたいことは、わかりやすい言葉で話そう。
  3. 相手の話は、終わるまで、しっかりと聴こう。
  4. 相手の話がわからないときは、「わからない」と言おう。
  5. 「わからない」と言われたときは、ゆっくり、わかりやすい言葉で、何度も伝えよう。
  6. 自分の気持ちを、正直に、そのまま伝えよう。
  7. 相手のことを大事にしよう。そして、悪いことをしたなと思ったら、「ごめんなさい」をしよう。
  8. 「わからない」誰かがいないように、置いてけぼりにされる誰かがいないように、全員がわかるまで、ゆっくり、じっくり、とことん話し合おう。

 

そうして一行は、定めた《決まり》に基づいた話し合いで、鬼ヶ島に行く方法を決めていきました。犬は漕ぎ手になり、ひたすら船をこぐ。猿はかじ取りになり、指示された方向へと集中してかじを切る。雉は物見をつとめ、空を飛び船へ戻りと往復して、鬼ヶ島への方角を見定める。桃は三匹のつなぎ役で、雉からの情報を猿に伝えつつ、犬の様子を見守ってペースのアドバイスをする…。

 

そこまで決まって気がつくと、日がとっぷりと落ちていました。

「奉仕残業は、良くない。それは暗黒労働と言うのだ。」

 と猿が言い、みんなは同意して、鬼ヶ島への出発を明日へ延期することにしました。一行は桃のお家へと帰り、おばあさんとおじいさんと共に美味しいご飯を食べ、一緒に楽しくおしゃべりし、お風呂に入って、ぐっすりと眠りました。

 

 

そして、次の日の朝、一行は再び出発して、元の海べりへと戻ってきました。

海べりへ着くと一行は、ついに船を漕ぎ出しました。漕ぎ手の犬の、狂ったようなハリキリぶりは最高潮、まさにマッド・マックス・ドック! 目のまわるような速さで船は走って行きます! 猿のかじ取りの集中力は凄まじく、雉の物見も効果てきめん! 桃はあんまり役立たない!

 

…どのくらいの時間が過ぎたでしょうか。急に雉が、

「あれ、あれ! 島が!」

 と上空でさけびました。桃も、雉の示す方向を眺めてみると、遠い遠い海のはて、確かに島の形があらわれてきました。

「ああ、見える、見える! 鬼ヶ島が見えるよ!」

桃がこう言うと、犬も、猿も、声をそろえて、

「ひゃっほう、ひゃっほう。」

 とさけびました。

 

見る見る鬼ヶ島が近くなり、鬼のお城が見えました。一行はいったん船を止め、船上で再び昨日のように、今後についての話し合いを始めました。昨日定めた話し合いの《決まり》を、何度も途中で暗唱し、立ち戻り、確認しながら。ゆっくりじっくり話し合って、この後一行で何をどうするか、決めることができました。

 

話し合いを終えた頃、お日様はすっかり真上にありました。

「昼休憩なしは、良くない。それは暗黒労働というのだ」

 と猿が言い、みんなは同意して、みんなでおじいさんの作ったお弁当を食べ、腹ごしらえをしました。そして、ほんの少し昼寝をしました。猿曰く、

「此れは怠惰ではない。適切な長さの午睡は、仕事の能率を上げ、合理的なのだ」

 …そうです。

 

 

最終章 旅の行方

昼寝を終えた一行は、鬼ヶ島へと船を寄せ、上陸すると真っ直ぐにお城の前へ行って、みんなで門をノックしました。鬼退治? とんでもない! 必要なのは、お互いを知り合うこと。そのためにまず、相手の話を聴くことです。相手のことを一方的に悪者だと決めつけた行動は、何も生み出さないと、一行は身をもって知っているのです。

鬼たちはなかなか門を開けてくれず、「この島から出ていけ!」と怒鳴られたりもしましたが、一行は話を聴こうとする姿勢を粘り強く示し続けて、なんとか鬼たちと対面することに成功、鬼たちの話を聴くことができました。

確かに、鬼たちは村から食べ物を盗んでいました。しかし、鬼たちにも言い分がありました。桃の住んでいる村の土地は、もともとは鬼たちが住んでいたところだったらしいのです。けれど、人間たちの数が増えるにつれ、どんどんと鬼たちの住処が押し出され、そのことに一部の鬼が激昂、鬼と人間のケンカが始まってしまいました。しかし数で勝る人間たちに鬼たちは敵わず、鬼たちの方が悪いと決めつけられ、終いにはこの島にまで追いやられた、とのことでした。それはずーっと昔にあったことですが、最近の鬼ヶ島ではずっと不作続きで、食べ物もあまりなく、それで鬼たちは村から食べ物を盗むことにした、というのです…。

 

この話を聴いて、桃は意を決し、勇気を出して、こう言いました。

「わかりました。鬼さんたちの話を、帰って村のみんなに伝えようと思います。」

「伝えて、どうすると言うのだ。」

「鬼さんたちは、食べ物を盗んだことについて、『ごめんなさい』をした方が良いと、桃は思います。だけど、桃を含めた村のみんなも、鬼さんたちをいじめたり追い出したりした過去について、『ごめんなさい』をすべきだと思いました。そして、鬼さんたちが元いた土地でも生活できるよう、村のみんなで話し合いをしてみたいと思います。」

「ふん、世の中そんな甘くない。俺らの元いた住処に、今はお前の村があるじゃないか。俺らが、お前の村の隅っこで暮らすっていうのか? どうせ、また何かと理由をつけて、俺らをいじめるに決まってる。」

「もちろん、難しいことを言ってるってことは、よくわかってます。桃も、村ではいじめられていました。

だけど、今ならわかる。きっと、村のみんなは、桃がおどおど、うじうじばっかりしてるのに少し、うんざりしただけなんだ。実際に、そう言われたこともありました。言われた桃の方だって、ただ相手のことを怖がってるばっかりで、少しも相手の気持ちを知ろうとはしなかった。

大切なのは、お互いがお互いを知ることだと思います。桃が、もう少しだけでも心を開き、相手の気持ちを知ろうとして、話し合いをすることができたら。そうしたら桃も、もう少しだけ、いじめられなくなるかもしれない。きっと、鬼さんたちも同じです。少しずつでも良いです。村のみんなと、お話をしてくれませんか?」

 

「…。」

鬼たちはみんな、顔をしかめて、黙っています。雉が思わず、言いました。

「話すの、大事よ!」

犬も思わず、言いました。

「ゆっくり、話して、最後まで、聴くんだ、ワンワン!」

猿も思わず、言いました。

「自他の相互理解を目指し、繰り返し対話する営為が、非常に大切だ。意思の伝達に失敗した場合も、再度の疎通を試みれば良い。私もその重要性を実感した。」

「猿ちゃん、アタシ、今のわかんない!」

「了解。…駄目なら、もう一回、話し合う。これが、大事だと、わかった。」

「アタシもわかった!」

桃も思わず、言いました。

「困ったことがあったら、桃たちはいつでも、一緒に考えることができると思います。失敗したりケンカしたりしても、いつでももう一度、一緒にやり直すことができると、桃は思います。」

一行は必死に、鬼たちへ、自分の思いを伝えました。そして、桃が村の人たちと話し合ってから、もう一度鬼ヶ島へと戻ってくるまでの間に、鬼たちの間でも話し合いをしてみてはどうですか? と一行は鬼たちへ尋ねました。鬼たちは、一行の提案を聴き、戸惑いながらも、

「…やってみる。」

 と言いました。

 

 

これで、用事はおしまい。桃が三匹に向かって言いました。

「それじゃあ、帰ろうか。」

「え、金銀財宝があるんじゃないのかワンワンワン!」

「きっと無いだろう。鬼達は、食べる物もないと言っているのだから。」

「帰ろ! お家に!」

一行は、食べ物があまりない鬼たちへ、手元にあったきびだんごを、残らず全部あげました。そして、手ぶらで船に乗りました。みんなで歌いながら笑いながら、帰りはのんびりゆったりと、船をこいでいきました。

 

空はちょっとずつ茜色に染まり、雁の群れが村の方へ向かって飛んでいきました。お家では、おじいさんが美味しい料理を作って待っています。おばあさんも、しばを背負ってお家へと、ゆっくり、ゆっくり戻ってきているはずです。みんながお家へ帰ったとき、楽しい晩餐がまた、始まるのでしょう。今日も、明日も、明後日も。

 

 

おしまい。